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人として - 2011.05.29 Sun

震災で被災されて北海道に避難してきた方に生活物資を集めて提供するという活動のお手伝いをしています。
北海道では道営住宅、UR、市営住宅などの空き室を提供することをいち早く表明していました。でも、来てみたら、布団はない照明器具もない、ガスコンロもない…。3月下旬ごろから北海道に入ってくる方は徐々に増えてきていたそうですが、まだまだ寒い北海道、布団もなく毛布にくるまって寝ていたそうです。
「いらしゃい」と言っておきながらそんなことでは道民の矜持が許さぬ、とこの活動に参加しました。

少し前のことになりますが、気仙沼で被災して避難所から札幌へ避難してこられた方のところへ、冷蔵庫と電子レンジを持って行ったときのことです。
本当に生きる最低限のものしかない寒々しい部屋で、恐らく着の身着のまま逃げてこられたのであろう人が、私たちのためにおにぎりとお菓子、それにフルーツまで用意してくれていたのです。「わざわざ届けてくれて有難い、何もないけど食べていってくれ」と。
こちらも恐縮して「お気持ちだけ頂きます」と丁寧に断ったのですが、冷蔵庫をセッティングし、電子レンジの動作確認などをしている間に、袋に詰めて「では持って帰って食べてください」とまでおっしゃるので、断らずにいただいてきました。

おにぎりは雑穀米の塩むすび。リンゴは丁寧にウサギ型になっていました。

それから何組かの避難者に物資を届けたり情報を届けたりしましたが、みなさん同じようです。
ずっと考えてました。何故だろう?こんな時なのに。東北の人の気質なんだろうか?…

でも最近気づきました。

それは彼らの矜持なんですね。

3.11以前は誰かに施しを受けることもなく、社会的にも経済的にも立派に暮らしていて、もしかするとこの物資を届けた私なんかよりずっと豊かな生活をしていたかもしれない、ただあの日すべてが変わってしまっただけ。
それは本人の責任でもなんでもなくて・・・。
だからこそ、可哀そうな者、弱者と見て欲しくない。物資の施しは受けても人として対等でありたい。
そんな気持ちの表れなのかもと。
そして支援する側の人間が知らず知らずのうちに、「想像を絶する体験をしてきて深く傷ついているのだろう」と気遣うあまり、腫れ物に触るように接することが、被災地から遠く離れてきた人に逆に疎外感を与えてしまうのかもしれないと思ったりする。

でも、これも一概には当てはまらないことだろうし。

難しい。

何しろ誰も体験したことがない出来事だし、何をやっても手探り。

何をやっても勉強。

やるしかないね。


DSCF6745 (300x225)
被災者さんから頂いたおにぎり(食べちゃったあと…。(^^ゞ)、とっても美味しかった。
ウサギのリンゴが矜持の象徴。

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